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歴史映画紹介


アマデウス(1984年)


Amadeus/アメリカ

監督:ミロス・フォアマン

<キャスト>  アントニオ・サリエリ:F・マーレイ・エイブラハム  モーツアルト:トム・ハルス  コンスタンツェ:エリザベス・ベリッジ  レイボルト:ロイ・ドートリ 他

1985年劇場公開(松竹富士)



Amadeus Trailer



18世紀後半。世界の音楽史を塗りかえた天才作曲家モーツアルト。わずか35年の人生だが、その生涯に彼が成したこと、音楽界に寄与したものはとても大きい。その最期は公式には病死とされるが、謀殺という説がまことしやかに囁かれた。この作品では、宮廷音楽家サリエリの告白をナレーションに、彼がモーツアルトの才能に対し、嫉妬と憎悪の感情を抱き、殺害を決意し、それを考えうる最も残酷な方法で実行に移す姿を描いている。


この作品で宮廷音楽家サリエリによる暗殺説は一躍有名になってしまったが、もちろん、その様な事実は確認されていないことを、本人の名誉のために書いておく。謀殺説がまことしやかにささやかれた理由は、当時の音楽界の勢力争いにも起因した。本物のサリエリはモーツアルトの死後30年もウィーンの宮廷楽長として辣腕を振るい、シューベルトやベートーヴェンも師事した偉大な人物である。さらに、モーツアルトの弟子や、はてはフリーメイソンなど様々な“容疑者”がでっち上げられた。それらの風聞が流されたのは、モーツアルトの死後かなりたってのことらしい。『アマデウス』は、間違いなく傑作だと思うが、現実の世界で生きていたサリエリはそのような噂を立てられたことに大変心を痛めて苦しんでいたはずで、名作を作るためなら人格を傷つけたリ差別したりすることもいとわない、という考え方は疑問に思う。もちろん、他の作品でもそうだし、フィクションとして実在した人物を、愚劣な、醜悪な人間として描かなければならないこともあるだろうが、自分たちよりもずっと昔に一つの時代を生きた人間だという敬意は忘れないでほしいと思う(もちろん、アマデウスの製作関係者が、その敬意を持っていなかったとは言わないけど。)。


この映画『アマデウス』のサリエリは、音楽家として自分こそが神に選ばれ、神のために曲を書くことを運命付けられた人間だと思っていたが、モーツアルトに出会いその圧倒的な才能に驚嘆し、その常識をわきまえない性格に絶望する。なぜ、神はこのような男に。なぜ自分ではなく。そして彼は神を捨てる。そして神が選んだ男の抹殺を決意する。サリエリの根底にあった嫉妬の心はモーツアルトの圧倒的な才能に対するものだった。彼は自身のことを凡庸な人間と言ったが、それは誤りだ。凡庸な人間なら天才の才能に嫉妬などすまい。彼自身また、凡庸な人間ではなかったからこそ、そういう帰結を選んでしまったのだと思う。最期にモーツアルトがサリエリに言う台詞。「僕はあなたに嫌われていると思っていました。赦して下さい……。赦して……」サリエリにとってこれ以上無い言葉だっただろう。神に選ばれた天才の屈服の言葉なのだから。


20年以上昔の作品だが、未だ全く色あせない名作だった。モーツアルトが追いつめられていく様はあまりに残酷に思え、追いつめているはずのサリエリも同じように奈落へと落ちていく。その姿にぞっとした。 


また「フィガロの結婚」「ドン・ジョパンニ」などのオペラの傑作や、楽曲をふんだんに使った贅沢な作品である。それだけでも十分に見る価値がある。人はいずれ死ぬ。その人のことを知っている人もいずれ死ぬ。しかし、天才の芸術はいつまでも、残り続ける。誰もがその名を口にする。凡人にとってみればそれはあまりにも残酷で無情な現実だと思う。


おススメ度: 映画史上においても名作の中に入る一作。才能を持って生まれたが故にさらに圧倒的な才能に羨望と嫉妬を覚えずにはいられなかったサリエリ。個人的にはサリエリにかなり同情的な見方をしていたように思う。最後は夜明けの日の光が差し込んでくる部屋の中でモーツアルトは死ぬ。この柔らかな温かな光が、両者の和解と雪解けになってくれればよかったにと思わずにはいられなかった。おススメ度はとしている。




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