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歴史映画紹介


パリは燃えているか(1966年)


PARIS BRULE-T-IL?:IS PARIS BURNING?/フランス・アメリカ

監督:ルネ・クレマン

<キャスト>  イヴォン・モランダ:ジャン=ポール・ベルモンド  モノー博士:シャルル・ボワイエ  オマー・ブラッドレー将軍:グレン・フォード  ジャック・シャバン・デルマ:アラン・ドロン  ジョージ・パットン将軍:カーク・ダグラス  ディートリッヒ・フォン・コルティッツ将軍:ゲルト・フレーベ 他

1966年劇場公開(PAR)


【パリ解放】 フランスは1940年6月にドイツに降伏し、パリはドイツ軍による占領状態にあった。1944年8月。連合軍が迫る中、パリ市民が蜂起し、ドイツ軍降伏に多大な貢献があったレジスタンスとドイツ軍の戦いが始まる。ドイツのアドルフ・ヒトラー総統はパリの破壊を命じるが、ディートリッヒ・フォン・コルティッツ将軍は命令に従わず降伏し、パリを守った。



映画『パリは燃えているか』では、大戦末期の1944年8月、パリ解放をめぐるレジスタンスとドイツ軍との戦いを描いている。ノルマンディの戦いから続く西部戦線の戦いの大きな節目になったパリ解放を、スター俳優を用いて描く大作映画。


有名な俳優の名前が並ぶがスター映画ではなく、ドキュメンタリータッチで描いている。連合軍がパリに入るまでに自分たちの手でパリを開放し戦後の主導権を握りたいレジスタンス内部の勢力争いなども描かれ興味深く見られた。主役不在の作品で、物語の中心がいくつも偏在している感じだが、それもリアルに感じる。フランスの苦難の時を丁寧に描いた作品。


話自体が少々甘い印象を受けたのは、レジスタンス側の登場人物の多くが、パリ解放後、フランスの重職についた人物なので、どうしても彼らへの配慮もあったせいでもあっただろう。ドイツの将校や、スウェーデンの大使らが美しいパリを守るために尽力するという話は、個人的には奇麗ごとに思える。話は少し変わるが、アメリカが京都を空爆の対象としなかったのは歴史的遺産が多くあるからだと現在でも信じている人が多くいるようではあるが、アメリカは京都も原爆の最終投下地候補の一つとして残していた。ドイツの軍人が、パリの破壊を実行して撤退しなかったのも、パリに美しく歴史的価値の多い都だったから、だけでは必ずしもあるまい。特に、冷徹な軍事であったコルティッツ将軍は、対ソ戦の中で、ソ連軍の追撃の足を止めるために軍事戦略的に意味があれば集落や市街地の破壊を何度も行っているという。


コルティッツ将軍の頭の中には、もはや狂人と化したヒトラーの下で、奈落の底に引きずり込まれるドイツの姿が鮮明に浮かんでいたに違いない。破壊を決行したとすれば、歴史に汚名を残し、連合軍がベルリンに入ったときパリの報復として徹底的に破壊しつくされるのは必定だっただろう。また、優秀な戦略家であったコルティッツ将軍は、連合軍はパリを迂回するルートで進撃してくると考えており、事実、連合軍はそのように進撃していた。大規模な人民を抱え、統治が困難な大都市は放棄して素直に連合軍に渡してしまったほうが、連合軍は多くの物資、人員をパリに割かなければならなくなり、連合軍をドイツが防衛線を敷くまで足止めする時間を稼ぐこともできた。つまり、パリ破壊はまったくの無意味であり、ヒトラーのパリを破壊せよという命令は、自分のものを他人に渡したくないという虚栄心(ヒトラーは美術品の収集、保護にも熱心だったが、連合軍がドイツに近づく中、連合軍に渡さないために破壊してしまったものも多くあったという)から来るものであり、軍事的には全く意味のないものだった。コルティッツ将軍が降伏文書にサインする中、ヒトラーからの電話で「パリは燃えているか?」という問いが続けられる。逆に、コルティッツ将軍には、独裁者から解放された、安堵のようなものも感じられた。


おススメ度: 娯楽戦争映画というより、史実に脚色を加えたドキュメンタリーという感じ。映画自体モノクロの映像だが、戦争当時の映像が時折入る演出は個人的にはあまり良くないと感じた。おススメ度はとしている。個人的に、敗者の側に感情移入して観てしまう傾向があり、パリへの破壊命令を拒否し、降伏文書にサインする決断をするコルティッツ将軍が印象的だった。解放されいきり立つパリ市民に囲まれ、今にもリンチでもされそうな感じで終わっているが、後に名誉パリ市民号が贈られている。





【パリ解放】