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歴史小話


競売にかけられたローマ皇帝位



オークションの起源を求めるとすれば、紀元前500年ごろの古代バビロンにまでさかのぼるとされます。最古の文献「ヘロドトス」の歴史の中で、バビロニア人の間で妻を迎えるための競売が、1年に1回は行われていたとされます。

時として、奇想天外なものが出品されることの多いオークションですが、古代ローマでも戦利品や捕虜を競りにかけていたとされます。そんな中で最も奇想天外なオークションといえば、ローマ皇帝位をかけて行われたものでした。

紀元193年。コンモドゥス、ペルティナクスとローマ皇帝が相次いで暗殺され、次に皇帝のいすに座る適格者が見当たらない中、自分たちに有利な人間を皇帝にしようと親衛隊は空位になった皇帝位を公開競売にかけました。オークショニアは親衛隊であったことになります。

名乗りを上げたのは、ペルティナクスの義父スルピキアヌスと、ディディウス・ユリアヌスの2名でした。ユリアヌスは、ゲルマニア司令官、低地ゲルマニア総督、アフリカ総督などを歴任し、コンスル職の経験もあった有力な候補者でした。また、様々な形で蓄財を重ねていた金持ちでもありました。ユリアヌスは、「スルピキアヌスが皇帝位に着くと、義理の息子を殺した親衛隊は報復されるだろう」と脅し、親衛隊の支持を取りつけます。そして、ユリアヌスは皇帝に即位することになりました。

紀元193年に皇帝となったユリアヌスですが、自身の地位のもろさをいまさらながら思い知り、皇帝就任の夜は不安で眠ることができなかったとも伝えられます。なんといっても皇帝となった経緯が経緯だけに、属州の軍隊も、ローマ市民の心も掌握することができませんでした。さらに、約束した金を親衛隊に払うことができず、親衛隊からも、元老院からも見放されたユリアヌス帝は、わずか66日で、1人でいるところを捕えられ、処刑されました。