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歴史小話


ブルートゥス、お前もか?


「ブルートゥス(ブルータス)、お前もか?」

信頼していた人物に裏切られたときに使われたり、軽口などにも使われるこの言葉は、もともとは古代ローマ時代の文学者スエトニウス(69年〜140年頃)が書いた「十二皇帝伝」の中に出てくるとされます。スキャンダルの内容なども多い「十二皇帝伝」ですが、その歴史資料としての価値も高いものだと言われます。その中で出てくるユリウス・カエサル最後の言葉が「息子よ、お前もか」であったと記されています。後世になって、シェイクスピアの芝居「ジュリアス・シーザー」や、それ以前に流行したリチャード・イーズーのシーザー劇で使用され、一躍有名になりました。

一般的にこの「息子」はマルクス・ブルートゥス(紀元前85年〜紀元前42年)のことではないかと言われます。ブルートゥスの母親のセルウィリアは、カエサルとの間に愛人関係があり、カエサルも実の息子のようにかわいがっていました。そのためブルートゥスの父親はカエサルではないかなどとささやかれるほどでした。しかし、かつてカエサルとローマの実力者、ポンペイウスが対立し戦争となった時、、ブルートゥスもポンペイウスについてローマを離れ、その後カエサルに帰順して許されたことがありました。はたしてカエサルはブルートゥスをそこまで信用していたのでしょうか? そのため、ブルートゥスの従兄弟にあたり、同じく陰謀に参加したデキムス・ブルートゥス(紀元前85年頃〜紀元前43年)のことを指しているのではないか、という説も根強くあります。

デキムス・ブルートゥスはカエサルの遠縁にあたり、ガリア遠征などでも活躍しました。ポンペイウスとの戦争でもカエサルに従ったデキムス・ブルートゥスにカエサルも強い信頼を置いていました。カエサルはその遺書の中でオクタヴィアヌスに次ぐ第2位の相続権利者に指名し、オクタヴィアヌスが若年の場合、後見人となるように記していました。デキムス・ブルートゥスは、後にその事実を知り、陰謀に加担したことに深く後悔し、家の中に閉じこもってしまったと伝えられています。カエサルは、全身を23か所も刺されて絶命しました。実際には、何の言葉も残すことなく死んだとも言われます。

同じくマルクス・ブルートゥスが暗殺の後に語ったという「カエサルを愛さなかったわけではない。それ以上にローマを愛していたからである。」という有名な言葉も、後世に創られた言葉だとされています。