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歴史小話


ベアトリ―チェ・チェンチの肖像





ベアトリーチェ・チェンチのあらゆる不幸は、フランチェスコの子として生まれてしまったことでした。フランチェスコは、ローマの名門チェンチ家の生まれでしたが、貴族であることを盾に、暴力、誘拐、強姦を平然とやってのける悪魔のような男でした。

それは、ベアトリーチェをはじめとした家族に対しても同様であり、寄宿舎から戻ってきたベアトリーチェに暴力を振るうばかりではなく、力ずくで慰み者としました。ベアトリ―チェは当局に訴え出ますが、名門族であるフランチェスコへ司法当局もなかなか強く出ることができず、逆に訴え出たベアトリ―チェには更なる虐待が加えられました。それを深く恨んみ、もはや父親を殺害するよりないとベアトリーチェは兄弟や義母、自分に好意を寄せていた召使らとともに、フランチェスコにう麻薬を盛り、それで殺害しきれなかったために撲殺して、塔から突き落として事故に見せかけました。

しかし、それもやがて発覚し、ベアトリーチェには過酷な拷問が加えられ、耐え切れずにベアトリーチェはすべてを告白しました。ベアトリーチェには事情を知った市民からの同情が集まり助命を求める多くの請願が寄せられましたが、チェンチ家の財産没収を目論むローマの教皇はこれを認めずベアトリーチェ・チェンチは断頭台の露と消えました。

ベアトリ―チェの悲劇は、ローマの貴族社会へのレジスタンスの象徴となりました。毎年、彼女が処刑される前夜に、切り落とされた首を持って端に戻ってくるという伝説も生まれました。

画像の『ベアトリーチェ・チェンチの肖像』は、処刑の直前、断頭の刑に処せられるため、髪をまとめて頭にターバンを巻かれたベアトリーチェを、チェンチ家と縁のあった枢機卿がグイド・レーニに命じて描かせたと言われています。