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歴史小話


正確に時を刻むことが必要になった時計


時計は人類が文明をもった時にはすでにその概念は存在していました。古代エジプトでは紀元前3000年の昔には日時計が使われていました。その起源は古代パビロニア文明にまでさかのぼるとさえ言われます。紀元前1500年ごろには水時計も古代エジプトで使用されていたと言われます。紀元前3世紀ごろにクレプシトラという、水の流れ込む速さと重さを利用した仕掛けの時計も実用化されていました。

機械式の時計が登場したのは中世になっていから。錘が下がる力を利用して時計を動かすタイプのものでした。制御をする機構をバージ脱進機といいます。これは主に時計塔などに取り付けられました。初期の時計の中には針ではなく、時が来れば自動的に音が鳴るように作られたものもありました。時が来れば鐘を鳴らすということは、中世のヨーロッパでも行われていましたが、それは主に人の手によるものでした。時計を意味するクロックの語源は、フランス語で鐘を意味するクロッシュから来ていると言われます。精度も悪く誤差も大きかったのですが、日が上がれば仕事を始め、日が沈めば仕事を終えるこの時代、一般の人たちにとってはこれで十分でした。このバージ脱進機がいつ頃から使われるようになったのかよく分かっていませんが、14世紀ごろにはこの構造の時計塔ができていたそうです。

領主たちにとっては時間を支配することは重要な要素でした。そこで、室内に置くような時計も徐々に普及していきますが、精度の悪さはなかなか解消されませんでした。

15世紀に大航海時代が本格的に始まると、これまでのような1日1時間の誤差がある時計では使い物にならなくなります。当時の航海技術の中で星の位置などを頼りに緯度を割り出していましたが、経度は時間を見ながら割り出していました。しかしその時計が不正確な代物だったのでは、ほとんど勘を頼りに操船しているも同然で、海難事故が多発するのも当然といえば当然でした。

後に、錘の代わりに振り子の等時性を活かしたものやゼンマイを動力に時計を動かす構造の時計が考案され、精度は誤差10分程度まで短縮され、懐中時計も登場しました。しかし、航海に使う時計としてはまだまだ十分な代物ではありませんでした。バージ脱進機ではこれ以上の精度を維持するのは不可能でした。経度を天文の観測から割り出そうという試みも行われました。1714年にイギリスは、正確な経度測定法を考案した者に莫大な報奨を与える経度法を成立させます。その中には、一日平均2秒以内の誤差の時計を作ることを条件としていました。

それを成功させたのはジョン・ハリスンという時計師でした。元大工で独学で時計師になったという異色の時計師、ハリスンは1728年から40年以上もかけて正確な時計を目指します。2度の航海を経てその厳しい条件をクリアしていることを証明しました。経度法に基づくプロジェクトを管理する委員会は複製品が作れることも証明しなければならないと報酬を半分しか出しませんでした。ハリスンは、もう一つ同じものを製作しその証明をしますが、さらに理由をつけられ全てはもらえませんでした。委員会のメンバーは経度を天文学的に割り出す手法のほうを支持していたためでした。ハリスンは時の国王ジョージ3世に事の次第を訴え、このことを遺憾に感じたジョージ3世は委員会に働きかけ、当時80歳を過ぎていたハリスンにようやく全額支払われました。

同じころ、フランスでも新たな機構を利用した時計が開発され、この時期、さまざまな時計師によって、極めて精度の高い時計が世に出ていきました。