TURNING☆POINT〜世界史(西洋史)を舞台にした歴史映画・DVD紹介のサイト〜


カスタム検索


歴史映画紹介


遺恨あり 明治十三年 最後の仇討(2011年)


日本

監督:源孝志

<キャスト>  臼井六郎:藤原竜也  なか:松下奈緒  一瀬直久:小澤征悦  中江正嗣:吉岡秀隆  山岡鉄舟:北大路欣也 他

TVM


明治13年(1880年)12月17日に発生した、最後の仇討ち事件こと「臼井六郎事件」をモチーフにした吉村昭原作の『最後の仇討』を映像化。2011年2月26日にテレビ朝日系列で放送された。


自分の家族(特に親)を殺した者を、縁者(特に子)が敵を討つ、というのは中世以前から見られていた。江戸時代には敵討について奉行所への届け出が義務付けられたり、重敵討(敵を討ったものを討たれたものの縁者が報復すること)を禁じるなどの法制化が進められ、仇討ちと呼ばれるようになる。これは主に武士の面子を保つために行われた。しかし、明治になると近代的な司法制度を目指す政府は明治6年(1873年)に敵討禁止令をだし、仇討ちは殺人とされた。


物語の始まりは慶応4年。この年の秋に明治元年となる。福岡藩の支藩だった秋月藩執政だった臼井亘理(うすいわたり)は、開明派として秋月藩を引っ張っていこうとしていた。しかし、秋月藩は佐幕攘夷の思想のもとで動いてきた。亘理の行動を変遷と受け取った過激攘夷派の藩士の集団“干城隊”は、ある夜、臼井家に押し入り、妻ともども亘理を惨殺する。騒ぎを聞いて駆け付けた六郎が見たのは惨殺された母と、殺されて首を奪われた父の姿だった。しかも、藩は干城隊に対してお咎めなし、臼井家の家禄を減俸するという不公平極まりない裁定を下す。11歳の六郎は復讐を胸に誓い、犯人探しを始める。


それから時が過ぎ、廃藩置県によって武士は士族という失業者になった。六郎は江戸へ出て、やがて山岡鉄舟の元に師事するようになる。ようやく復讐を忘れたかと胸をなでおろした周囲の者たちだったが、六郎は復讐を忘れてなどいなかった。やがて、臼井家で下働きをしていて六郎の協力者だった女性なか から、父を討った張本人の一瀬直久が司法省の役人になったという情報を得た。鉄舟は六郎の意思を見抜き、厳しくも優しく送り出す。そして、一瀬を追って全国を回り、東京の秋月黒田屋敷にてついに本懐を果たす。


前半で六郎が仇討ちを果たすまでが描かれ、後半では下級武士出身で封建的な身分制度を嫌ってきた判事の中江正嗣がどのような判断を下すかが山場になってくる。


その中で、中江と六郎の最初の直接対決の場面は印象的。「時代は変わり、武士の世ではなくなった」と理想を語る中江に対し、六郎は言葉少なに「私は許されようなどと考えていない」と答える。描きたかったのは、武士としての理念に生きた男の姿などではなく、復讐することでしか自分の生を見いだせなかった男の姿だったのかもしれない、と思う。武士の理念を持たない男に対して、法の理念など、何の意味を持つのだろう。


六郎の方が主役なので殺害された一瀬の側はあまり描かれていないが、変遷を嫌い、あくまで武士たらんとして六郎の父親を殺した男が、時代が変わればあっさりと新政府の役人になり、子供にも自分が殺されても敵を打つなと教えていたなどというあたりはなんだかな……と思う。出所した六郎は、一瀬の子供と再会する。母親は一瀬の意を汲んで何も聞かされていなかった一瀬の子は、六郎を見ても何も気づかない。きっと(このドラマの)六郎は、彼に殺されることを望んでいただろう……と思うのだが。一瀬直久という人物が見た幕末から明治にも興味がある。


おススメ度: なかなか良作の時代劇と感じる。事件自体に詳しい知識がないため、どこがどう違うとは言えないが、無駄の少ない丁寧な作品だと感じた。おススメ度はBにしている。





【原作】