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歴史小話


歴史人名紹介:メアリ・ステュアート(1542〜1587)



イングランドとスコットランドの歴史を見るとき、必ず思い浮かぶのが、このスコットランド女王メアリ・ステュアートです。生後わずか6日で即位することになった彼女は、その後波乱万丈の人生を送り、最後はイングランドで反逆者として処刑されるという悲劇的な人生たどります。メアリ・ステュアートとエリザベス1世は、曾祖父が同じだったため、庶子だったエリザベスをイングランド国王の資格はないと非難していました。

今のところ、紹介している作品でメアリ・ステュアートを主人公にしているものはありません。『エリザベス1世〜愛と陰謀の王宮〜(2006年)』と『エリザベス:ゴールデンエイジ(2007年)』の2本にほんのわずかに登場しています。『エリザベス:ゴールデンエイジ』では、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた経験もあるサマンサ・モートンが演じています。

2人の対立は、イングランドの王位や当時苛烈さを増していた宗教対立とあいまって、伝記作家たちの並々ならない関心を誘うのか、多くの作品が著されています。参考書籍紹介にも、エリザベス関連を含め、何冊か紹介していますので参考にしてくださいね。

メアリ・ステュアートの略歴については『歴史の転換点・アルマダの会戦編・スコットランド女王 メアリ・ステュアート』でも取り上げていますので、そちらも参考にしてください。

フランス皇太子のフランソワに嫁いだメアリでしたが、フランソワはフランス王に即位したのちすぐに急逝し、18歳のメアリはスコットランドへ戻ってきました。この当時のスコットランドもまた宗教対立の真っただ中にありました。カトリックだったメアリは、再婚相手だったダーンリ卿が不慮の死を遂げたことに疑惑の目を向けられ、やがてスコットランドの女王の地位を追われました。復権のために戦いますが、ついに敗れて亡命を余儀なくされます。亡命先に選んだのは、なんとイングランドでした。エリザベス女王としても、その処遇には困り果てましたが、ある程度の監視付きながらある程度の自由を保障し、軟禁するという手段をとりました。しかし、もともと自分こそがイングランドの正統な女王であると思っていて、カトリックの信者から人気のあったメアリは、エリザベス女王からみて危険極まりない存在でした。事実、たびたびエリザベス暗殺の陰謀に加担した疑惑が浮かび、軟禁から19年目に、ついに決断を下すことになりました。

1586年にエリザベス女王の暗殺を狙った陰謀に関わったとしてメアリは形ばかりの裁判にかけられます。ところが、ここでメアリは思わぬ反撃に出ます。彼女は、議会と女王の使者だったバックハースト卿に向けてこう口走ったのです。

「イングランドにおけるカトリック再興の道具に自分を選ばれた神に感謝します。このような機会を自分に与えてくれたイングランド議会と女王にも感謝します!」

メアリは最後の反撃として殉教者の仮面をつけることでエリザベスに一泡吹かせたのです。それはイングランド周辺のカトリック教徒たちに力を与えました。エリザベス女王は、メアリが恩赦を願い出ることを心待ちにしていたとも言われます。処刑を決めたことで、自分の評判が下がることを恐れたエリザベス女王は、結果的に良心の呵責にさいなまれることになりました。エリザベスは最後まで執行の署名を拒み続けたとされます。

翌年、メアリ・ステュアートの処刑が実行されます。それを聞いたエリザベス女王は丸一日涙に暮れ、腹心のセシルを激しく叱責し、秘書官のディビットを投獄しました。翌年、カトリックの女王を殺したことを引き金にスペインは無敵艦隊を送り込んできますがエリザベス女王はこれを破り、イングランドの支配基盤を着々と固めます。しかし、その王位を継いだのは誰あろう、メアリ・ステュアートの息子、ジェームズだったのです。