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歴史小話


歴史人名紹介:フィリッポス2世(前383?〜前336)



紀元前4世紀に空前の大帝国を築いたアレクサンドロス大王の父親であり、新興国だったマケドニアの王として軍制改革を断行し、カイロネイアでテーバイ・アテナイ軍を破ると、諸ポリスとコリント同盟を結び、古代ギリシアに覇を唱えました。ペルシア遠征の準備中に娘の結婚の席上で護衛の貴族に襲われ46歳で死にましたが、その遺業は息子のアレクサンドロス大王に引き継がれました。

 『アレキサンダー(2004年)』ではヴァル・キルマーが演じていました。DVDをこれから観ようかなというかたは、簡単に人物相関を覚えてから見たほうがいいです。洋画の歴史物は人物名が多すぎて名前を追うだけで一苦労するものも多いですので。

フィリッポス2世の業績については、『歴史の転換点・カイロネイアの会戦編』に譲らせていただきます。

アレクサンドロがペルシア帝国を滅ぼし大王と呼ばれるほどの偉業を成すことは、フィリッポス2世の残した成果なくして考えられないことでした。

それなのに、颯爽とした“英雄”のイメージのあるアレクサンドロスと比べて、フィリッポス2世にはどこか姑息な印象を受ける部分はあります。それは、古代ギリシアの偏狭に過ぎないマケドニアに生まれ、フィリッポスが生まれた当時のマケドニアは有力な貴族たちにより内政は混乱しており、国王も暗殺されたりしている混迷の時代に生まれたことや、15歳の頃には、有力ポリスのテーバイに人質として送られるなどの経験があったこと。それらの経験や卓越した政治家でもあったフィリッポスは、覇権を握った後も古代ギリシアの王として振舞うことはしませんでした。あくまでもマケドニア王として、大国ペルシアに対抗するための全ギリシアの総司令官として、諸ポリスの指導者とあくまで同格として振舞っていました。

フィリッポスは軍制改革の面において、その才覚を発揮し、この時代としてはまったく新しい概念だった志願制の兵士による常備軍を作りました。騎兵たちの最高位に位置するのはヘタイロイと呼ばれる騎兵たちで、彼らは常に3人の小姓を連れていました。小姓たちは経験を積むことで、最終的にはヘタイロイになることも可能でした。ヘタイロイの名声はマケドニア中に響いていましたので、小姓になることを志願する者は必要とされる以上の人数が常に集まっていました。さらに、テーバイの名将エパメインノンダスの陣形を参考に、密集方陣形を改良しました。兵士たちは、険しいマケドニアの山地で兵士としての厳しい訓練を積み、過去の名将たちの業績を学ぶことで軍事作戦の意図することを的確に理解するようになりました。これらの軍制や教育法などは後のローマ帝国軍でも参考にされました。フィリッポス2世は、古代史最大の戦術家の一人でした。