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歴史人名紹介:スパルタクス(?〜前71)



古代ローマの奴隷反乱中最大のものがスパルタクスの乱でした。一時には勢力は10万にも達しましたが、クラッスス、ポンペイウスらによって鎮圧されました。

スパルタカス(1960年)』では、監督にまだ若手だったスタンリー・キューブリック。主演にカーク・ダグラス。自由を求める奴隷たちの動きとローマの支配者層の動きがリアルに描かれている名作です。リメイク版の『スパルタカス(2004年)』もお薦めです。

スパルタクスは、元はトラキアの兵士でした。ローマと戦い奴隷となった彼は、剣奴に身を落としていましたが、「見世物のためよりも自由のためにこそ危険を犯すべき」と剣奴たち70名ほどを説得し、見張りを殺して脱走します。

ウェスウィウス山へと逃げ込んだ奴隷たちは、武装をし、略奪を繰り返していく過程で、スパルタカスの元には大勢が集まり7万もの兵力に膨れ上がります。アルプスを越えてそれぞれの国に帰ろうとした反乱軍でしたが、冬のアルプス越えを断念し、今度は南イタリアへと向かいシチリア島に逃れようとしていました。

その間、ローマが追討軍を出さなかったわけではありませんが、スパルタクスの軍の前に連戦連敗してしまいます。しかし、どこの都市もスパルタカスの軍に救いの手を差し伸べなかったので、ひとつの都市を占領し、武装の充実を図ろうとしました。

蜂起から3年が経ち、ローマ軍の総指揮官クラッススはイタリア南西部でスパルタカスの軍を包囲します。状況は変化していました。各地で起こっていた反乱が次々と鎮圧され、スペインの戦線から戻ってきたポンペイウスの軍に反乱軍追討の命令が下されます。総指揮を取っていたクラッススは、ポンペイウスにスパルタカス追討の名誉を持っていかれるのを嫌いました。スパルタカスは、ポンペイウスの先を突いてクラッススを協約に誘おうとしましたが、クラッススが無視したため、全軍を動かし包囲を突破します。クラッススはこれを追い、進退窮まったスパルタクスは決戦を決意します。

決戦はこれまでに無く激しいものとなりました。スパルタクスと、彼と行動を共にする戦士たちは奮戦しますが、ついに投槍がスパルタクスの腿に突き刺さりました。膝をついたスパルタクスは必死に防戦しましたが、ついに包囲され、切り殺されました。スパルタクスの軍は大量の犠牲者を出し壊滅しました。一部は山の中に立てこもりますが、クラッススは彼らを追撃し叩きのめしました。生き残ったのは6000名ほどで、彼らは捕らえられアッピア街道に見せしめとして張り付けられました。

ローマ軍によって殺された反乱軍の数はあまりの殺戮のひどさに正確な数を数えることはできないほどでした。そして、スパルタクスの死体はついに発見されませんでした。