TURNING☆POINT〜世界史(西洋史)を舞台にした歴史映画・DVD紹介のサイト〜


カスタム検索





歴史人名紹介:シェイクスピア(1564〜1616)



ウィリアム・シェイクスピアは、エリザベス朝時代のイングランドの劇作家、詩人です。四大悲劇(『ハムレット(1600年〜1602年ごろ)』『リア王(1604年〜1606年ごろ)』『オセロ(1602年)』『マクベス(1606年ごろ)』)や、『ヴェニスの商人(1594年〜1597年ごろ)』『ロミオとジュリエット(1595年ごろ)』などの悲劇・喜劇、『リチャード三世(1591年初演)』などのような伝記的側面を持った作品など36の戯曲を世に残し、今なお根強い人気を残すイングランドで最も偉大な作家の一人です。

シェイクスピアが登場する作品としては『恋におちたシェイクスピア(1998年)』と『もうひとりのシェイクスピア(2011年)』を紹介しています。『恋におちたシェイクスピア』ではジョセフ・ファインズが演じていました。もちろん、この作品自体はフィクションですが、シェイクスピア作品を知っている方ならニヤッとするような演出も多く散りばめられています。『もうひとりのシェイクスピア』では、シェイクスピアは別人であったという説をもとに、テューダー王朝末期のイギリスを描き出しています。またシェイクスピア作品は幾度も映画化もされており古典作品は名作が多くありますが、近年製作されている映像作品では、現代的な解釈を加え、過去の作品とは全く印象の違う名作が生まれていると感じます。

シェイクスピアは1564年にイングランド中部の田舎町のストラトフォードで生まれました。父は皮手袋の職人として成功をおさめ、母はジェントルマンの娘で、裕福な家庭環境で育つことができました。シェイクスピアは、地元のグラマースクールで学んだであろうと推測されていますが、確たる学歴については分かっていないそうです。18歳のとき、26歳のアン・ハサウェイという女性と結婚しました。この時アンは妊娠3ヶ月でした。

シェイクスピアは1585年には長男ハムネットと、次女ジュディスの双子を授かりましたが、劇作家としてロンドンで名をあげるまでの期間のことはほとんど資料が残っていないとされ、「失われた年月」などと呼ばれます。1592年ごろには俳優として活動する傍ら、作家としても活動をしていました。すでにその才能を発揮し、同業者から中傷を受けるほどの人気作家となっていました。1603年にエリザベス1世が崩御したのち、新国王のジェームズ一世がシェイクスピアの劇団の庇護者になることを約束するほど、シェイクスピアの劇団は名声を獲得していました。当時の劇団は、大衆劇場内での伝染病の蔓延を恐れて、冬場は閉鎖されていましたので夏場はロンドンで公演し、冬場は故郷で家族と過ごしていたそうです。

1613年に筆を折り帰郷したシェイクスピアは、これまでの名声で得た資産で悠々自適の生活を送っていましたが1616年の誕生日に、世を去ったとされます。ニシンからの感染症だったようだともいわれます。その死後、7年後の1623年、同僚のジョン・ヘミングスとヘンリー・コンデルによって36の戯曲が集められ、最初の全集が刊行されました。