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歴史人名紹介:ウィリアム・ウォレス(1272〜1305)



サー・ウィリアム・ウォレスは13世紀のスコットランドの愛国的英雄です。成立以来、イングランドの圧力を常に受け続けていたスコットランドを救うべく、抵抗をした人物です。後に、ロバート・ド・ブルース(ロバート1世)がスコットランドの独立を果たしますが、そのための大きな役割を果たした人物です。

現在紹介している作品ではメル・ギブソン監督・主演の『ブレイブハート(1995年)』があります。色々と脚色はされていますが、名作ですので一度は見てほしい作品ですね。

ウィリアム・ウォレスは1272年ごろにグラスゴー西部のレンフルーで生まれました。父親は宮廷を取り仕切る家臣で、そこそこの地主という名門の出身でした。

ウォレスにとって転機となったのは20代半ばの頃。イングランドの騎士とトラブルを起こしたウォレスを助けた女性を州の長官が処刑したのです。これに怒ったウォレスは州の長官を殺害してしまいます。このことをきっかけにイングラントとの闘争が始まり、ウォレスの下には続々と民衆が集まり強力な反乱軍が結成され、ウォレスは反イングランドのリーダーと目されるようになります。

集まってきた民衆のほとんどは、北部のハイランド(高地地方)がらはせ参じたものたちでした。イングランドに近い南部のローランド(低地地方)はすでにイングランドとの同化が始まっていましたが、独立心旺盛なハイランドの住民たちは、イングランドに従うことを受け入れませんでした。

スターリング・ブリッジの戦い(1278年9月)で、ウォレスの軍はイングランド軍相手に大勝利を収めました。しかし、イングランドはフランスと同盟を結ぶとフォールカークの戦い(1298年1月)でウォレスの軍を完膚なきまでにねじ伏せます。この当時、イングランドとフランスは敵対関係にありイングランド軍はそちらに忙殺されていました。自然とフランスとスコットランドは同盟関係にあったのですが、それが破棄されると、イングランドは本腰を入れてウォレスの軍を叩くことができるのです。そうなれば、ウォレスの軍に勝ち目はありません。

フォールカークの戦いの後、ウォレスは6年間の逃走劇を繰り広げ、散発的なゲリラ戦で抵抗するより他なくなります。ハイランドに逃げ込まれると、地理に不案内なイングランド軍では捉えることはできません。英雄であるウォレスを助けるものは、ハイランドにはいくらでもいました。イングランドは、この男を捕まえるため、莫大な報奨金をかけます。そして、ついに1305年8月。同郷のサー・ジョン・メンティースの裏切りによって捕らえられるのです。

8月終わりに、裁判にかけられたウォレスは、イングランド王の臣下でもなく、誠実誓約も行っていない自分は、反逆者ではないと主張します。しかし、それが受け入れられるはずもなく、死刑が決まりました。スミスフィールドの刑場へと馬につながれて連れて行かれたウォレスは、そこで、イングランドの報復として残虐な方法で処刑されました。