TURNING☆POINT〜世界史(西洋史)を舞台にした歴史映画・DVD紹介のサイト〜


カスタム検索


歴史映画紹介


4.近世史を舞台にした歴史映画



ここでは、近世を舞台にした歴史映画の紹介をしています。このサイトで西洋史における近世と位置づけているのは、1453年〜1789年です。

大航海時代を経て、まずはスペイン、ポルトガルが、ついでオランダ、フランス、イギリスが海を渡り海外に大きな領土を獲得します。アメリカ大陸で独自の文化を築いていたインカ帝国、アステカ帝国などはスペイン人によって破壊され、植民地化されたアメリカ大陸の先住民たちは奴隷にされ、過酷な労働は先住民の数を激減させ、数が減ると今度は植民地化したアフリカ大陸の先住民が奴隷として連れてこられました。

ヨーロッパ内では、フランスのブルボン王朝に代表されるように王権を神から与えられた神聖なものととらえ、中央に権力を集める中央集権的な流れが出てきます。いわば封建主義の最終ともいえるその政治形態を絶対王政などと呼んだりします。その多くの場合、官僚制と常備軍の整備によって完成しました。

その代表格が朕は国家なりで知られるルイ14世です。イギリスでは、15世紀の百年戦争ののち薔薇戦争が起こりテューダー王朝が成立します。諸侯の力が弱まり王権の力が強まったこの時期に国内の力が蓄えられ、16世紀後半のエリザベス一世の時期に再び海外に向かって進出していきます。17世紀のはじめにピューリタン革命が起こり一時共和制となりますが、その後王制が復活します。しかし、議会優位のイギリスでは王権は制限され、後のヴィクトリア王朝の時代のように君臨すれども統治せず野時代を迎えます。18世紀の初頭にスコットランドが併合され、プリテン島はほぼ統一されました。

長らく統一が遅れていた神聖ローマ帝国(ドイツ)では、三十年戦争が勃発し、フランス・スペイン・デンマーク・スウェーデンなどの介入を招き国土は荒廃し、皇帝の名は有名無実のものとなり、諸侯がそれぞれ軍備も、外交権も持つ分裂国家となりました。そのことが、後のドイツの歴史に暗い影を落とします。その中のプロイセン王国が力を持ち、近代に入ってからドイツ統一に大きな力を発揮します。

18世紀にはいると、ヨーロッパには啓蒙思想という考え方が拡まり、ヨーロッパにも大きな影響を与えます。啓蒙思想とは人間の理性に絶対的な信頼を置き、合理的精神によって迷信や偏見、不合理な古いしきたりや権威を批判しました。これは君主観にも大きな影響を与え、啓蒙専制君主などと呼ばれたりします。君主は国家の第一の下僕であるの言葉を残したプロイセンのフリードリヒ2世などはその代表格です。その他、ロシアのエカテリーナ2世やオーストリアのヨゼフ2世などがあたり、彼らは啓蒙思想に基づき農民保護政策、重商主義政策、宗教寛容政策、教育振興政策など改革を実行しました。これらは、貴族階級や組織(ギルド)を飛び越え国民一人一人を把握しようとする試みでしたが、身分制的な社会構造を覆すことはできず、その枠内の改革にとどまりました。

啓蒙思想は市民階級にもひろまり、1791年7月、社会不安への憤りからパリ市民が蜂起し、パスティーユ牢獄を襲撃し、一連のフランス革命が始まります。それはやがて王政廃止へと動いていきます。当サイトでは、1789年8月に市民革命の理想である人権宣言(人間および市民の権利宣言)が国民議会で宣言された時を、近世の終わりと位置付けています。



【本棚から】