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歴史小話


未来の幻を見た



1798年5月。後のフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトは馬1200頭、171門の火砲に、人員35000人もの大軍勢を率いてエジプトへと向かいます。イギリスとインドの連絡を断ち切るためのものであり、イタリア遠征を通して存在感を強めていたナポレオンを遠ざけておきたいという総裁政府の意図もありました。あるいは、まだ29歳のナポレオンは古代ローマ時代の名将ユリウス・カエサルがかつてガリアへの遠征で自身の権力基盤を強めたようにエジプトへの遠征を考えていたのかもしれません。

1798年7月の、エジプトの宗主国のトルコ軍を打ち破ったピラミッドの戦いの際に兵士を激励するために使った「エジプト4000年の歴史がピラミッドの頂点から諸君を見つめている」という言葉はあまりに有名です。

もちろん、軍事的な意味合いも大きかったエジプト遠征でしたが、それと同時に数千年のエジプトの文化、叡智を手に入れるという目的もありました。ナポレオンの遠征軍の中には、第一線級の研究者が150人以上も同行していました。ナイル川の河口で、エジプト文字解析の手がかりとなるロゼッタストーンが発見されたのは有名です。のちに、同行した研究者によって『エジプト誌』などの研究書物も著されました。

ナポレオンはピラミッドの中で1人で一晩過ごしたとされています。側近が残した記録によれば、誰も近寄らないように厳命され、暁光が差してきた頃、死人のような表情で出てきたとされます。ナポレオンは完全に理性を失い、ただ、「未来の幻を見た」とうわごとのように繰り返すばかりだったそうです。その後3日間、ナポレオンは誰とも会いませんでした。

その後、ナポレオンは占星術師などが常に周囲に見られるようになり、その占いや助言に従って行動するようになっていったともされます。腹心の配下だったフェッシュは、ある時作戦上の意見をナポレオンに述べましたが、ナポレオンは一顧だにしませんでした。ナポレオンはフェッシュを宮殿のベランダへと連れて行き青く広がる空を見上げさせ、
「フェッシュ君。君はあの巨大な星が見えるかね?」
 と問いました。日中のことでもあり、とても星など見える時間ではありませんでしたのでフェッシュが首を横に振ると、
「あの星は私にしか見えない。あの星が見えている間はすべてがうまくいくのだ」

確かに、ナポレオンの生涯はあたかも誰かに決められたように栄光に満ち、そしてある時を境にマリオネットの糸が切れたように転落していくという印象を受けます。1814年1月。モスクワ遠征に敗北し、対フランス同盟国にじりじりと追い詰められていたころ、チェルニーの宮殿に赤い服を着た男が訪れました。ナポレオンは側近から「赤い服の男」という伝言を聞くと真っ青になり、これまでにないうろたえ方で男を部屋に通させました。ナポレオンは赤い服の男に、懇願するような声で「今はまだ、もう少しだけ時間をくれ。私の力を奪わないでくれ」と言う声が、部屋の外にまで漏れてきました。その後数日間、ナポレオンは誰とも会いませんでした。

この赤い服の男、チェルシーの宮殿の持ち主に不幸が起こる直前に現れる人物として知られます。アンリ4世が暗殺される日の早朝にこの男を見たとか、マリー・アントワネットがフランス革命の前夜にあったとか。後世のオカルト研究家のルイ・ポーウェルはこの赤い服の男を、時空を超える不死の人物、サン・ジェルマン伯爵ではないかと推理しますが、もちろん確証はありません。

この後数か月のうちに、ナポレオンは対フランスの同盟軍に敗れ皇帝の座を追われ、エルバ島へ流されます。確かに、ナポレオンに限らず何かを成し遂げた人間の生涯を見てみると、何者かの見えざる手によって操られ、あらかじめ決められたシナリオに沿って成すべきことが最初から決められていたのではないかと印象を受けることがあります。だとすれば、彼らを操っていた“何者か”とはいったい何者なのか。それを自分たちが知ることは永遠にないのでしょう。

最後にナポレオンの占い好きのエピソードを1つ。ナポレオンは、コインを左手に右手でフライパンを持ち、クレープを焼きながら5回連続でひっくり返せばその一年は良い年であるという占いをしていました。しかし5回目で失敗。その年、ロシアへの遠征をおこなうも失敗し帰国する途中、「余の5枚目のクレープだ」とつぶやいたと伝えられています。






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