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歴史小話


モアイ像が見つめ続けたイースター島



南太平洋上にぽつりと存在するチリ領の小さな島イースター島(正式名:パスクア島)。火山台地で成り立つとされ、小規模な死火山が3つ存在する広さわずか120平方キロ強(佐渡島の約1/4)という小さな島には数えきれないほどの人の顔をかたどった(と思われる)モアイ像が立ち並んでいます。

1722年にイースター島を発見したのはオランダの探検家ヤコブ・ロッゲヘーンでした。発見したのがちょうどキリストの復活祭、イースターの日だったため、この島はイースター島と名付けられました。ロッゲヘーンら探検隊の一行はモアイ像も発見しました。それらは大きなものでは20メートルもある人の顔の形をした石像でした。ロッゲヘーンらはこれが石でできているとは信じられず、粘土か木製の像に塗料を塗りこんだものだと思い込んでいたそうです。

1770年にスペイン領だったペルー(当時)から探検家フェリペ・ゴンザレスが艦隊を率いて訪れました。彼らの目的は、未だどこの国の領土にも組み込まれていない未開の島々に勝手に旗を立て、わずかな富と引き換えに島民から領有権を奪い取り支配権を主張することでした。彼らも、モアイ像の名を島民から聞き、調査を行いました。この頃はすでにモアイ像の製作は行われなくなっており、島民は大変貧しい状態になっていました。その後、有名なイギリスの探検家ジェームズ・クックも、この島を訪れ3日間の足跡を残しました。しかし、この頃訪れる探検隊の関心はどこの国に属するかが第一で、モアイ像の学術的な調査が始まったのは1886年のアメリカ海軍の主計官、ウィリアム・トムソンによるものでした。

現在チリ領のこの島は、最盛期は1万5千人(説によって6千から3万まで幅があります。)もの島民がいたと言われます。この島には、4世紀頃から、同じポリネシアのマルケサス諸島から渡ってきた人が、イースター島に暮らすようになったといわれています(時期については諸説あります)。当時のイースター島は世界でも有数の巨大椰子が生い茂る、亜熱帯性雨林の島であったと考えられています。しかし、増加した人口を満たすために、カヌーの製造や農耕の開墾、モアイ像の製造のために、森林は伐採され、そのため表土が流れ出し、カヌー製造用の木材にも事欠くようになり、大規模な飢饉が発生しました。そのため、部族間の争いがおこり、その過程でモアイ像が次々と引き倒されました。この小さな島の中で(小さな島の中だからこそ)、人口爆発とそれに伴う食糧危機、環境の破壊、それによる文明の衰退が起きたことになります。その後、西洋人によって島民の文化は破壊され、奴隷として連れて行かれたり、西洋人が持ち込んだ伝染病などにより、島民の数はさらに減ることになりました(最終的には111人にまで減少しました。)。

ウィリアム・トムソンはその調査で555体のモアイ像を確認し、そのすべてが引き倒されていたとされます。トムスンは、その調査の中で、目の存在を確認することはできませんでしたが、後の調査でサンゴなどを使った瞳がはめ込まれていたようだと確認されます。モアイ像の数は、探せば探すほど増えていき、現在では1000体ものモアイ像が発見されています。最古の物は6世紀ごろと思われ、12〜15世紀にモアイ像製造の最盛期を迎えたと考えられています。モアイ像の製造工場も発見されており、その中では製作途中のモアイ像が大量に発見されました。そのことからモアイ像はある時期まで積極的に製造され、ある時期を境にその製造が中止されたと考えられています。また、運搬や直立される方法も実験により確立され、現代の重機などを使うことなく、運ぶことができたことも分かっています。一説では、寝かせて運ぶよりも立たせて引っ張るほうがより効率的に運べるともいわれ、「モアイ像がひとりでに動き出す」という現地の伝承の根拠にもなっています。

モアイ像の製造の目的は、未だよく分かってはいませんが、おそらくは何かしら、彼らの信仰に起因するものだと考えられます。民間宗教の祭壇であるとか、墓碑であるという説もありますが、確証ある結論は得られていません。そのため、その起因を超古代文明や異星人に求める説もあります。古い島民は、この島を世界のへそと呼んでいたということも知られています。一部の王族や神官のみにその存在が伝えられていたロンゴロンゴ文字の存在も有名です。島民の起源に「われわれの祖先はるか昔、巨大な島から流れ着いた。巨大な島は突然の天変地異で二つに割れ、火山の爆発で粉々に消し飛び一夜にして海の底に消えてしまった」という伝承もあるそうです。しかし、もちろん何の根拠のない説です。個人的に、超古代文明の存在をあまり信じていないのでこれらの説を積極的には支持しませんが、もしも事実とするならば、現在見つかっている最古のモアイ像(6世紀ごろ)が作られたころには、もはやモアイ像の本来の意味は失われていたということでしょうか。ちなみに、現在、イースター島はNASAのスペースシャトルの緊急非難着陸用滑走路になっているそうです。……知人に言ったら「だから何?」と言われました。謎の塊のような島に、現代技術の粋を集めたスペースシャトルの緊急非難着陸用滑走路があるなんてとても面白いと思ったのですが……(汗)

現在、モアイ像のレプリカは日本の各所でも見ることができます。イースター島では日本企業のタダノなどの協力によりにより、倒されたモアイ像を引き起こす作業が行われました。モアイ像は、現在、観光客による破損や落書きが後を絶たず、モアイ像を傷つけたら罪に問われます。2003年には日本人観光客が倒れていたモアイ像に落書きをし、地元警察に逮捕される事件も起きました。外務省のホームページでも警告しているそうなのでよく読んでいただいて、イースター島にお出かけの際は重々ご注意ください。